2007年5月8日

GW・合宿報告

5月である。一番大好きな季節である。思わず「風が♪踊○♪5月の街で~♪」と歌ってしまう(古っ)
今年は結果的に9連休になってしまった。前半は釣りに行って自然に癒されたりしつつ、実家に帰ったりして過ごした。
特に今年は鴻巣にはわざわざ東松山からバスで行き、半日を使って懐かしい街をじっくり歩いた。

なんと中途半端な駅ビルが建設中であった。それ以外は大して変わらない街をぶらぶらして、昔からある駅前のミスドで展覧会のスコアを読み込む。その後、十数年ぶりに出身小学校に行く。広く感じた校庭がこんなに小さかったのかと慨嘆。校庭に生えている3本の樹齢百年超のケヤキは健在であったが一本が大きく傾いていた。
実家に泊まるが、この辺はもう子供も若者も少なく静かな夜だ。昼間思い出の場所を回ったせいか、来方行く末を思い、物思いにふけってしまい眠れなくなる。

連休後半はバッカスの春合宿である。
好天の初日、すごい混雑の中電車で岩井へ・・・
譜面合わせのあと、小川君の威風堂々。なんとティンパニが入り、贅沢である。かつ合奏が締まった。
僕の「交驚詩・はげ山はホラーパニック!」も披露。これは、ムソルグスキーの「はげ山の一夜」をベースにクラシック・映画・TV・POPSなどのあらゆるホラーミュージックがわずか7分半に17~8曲も登場するという、超特急フラッシュメドレー。
メドレーはヘンリーマンシーニ以来だが、この騒々しいノリはバッカス初期のドリフメドレーに近いものがある。
その夜は合奏後フルートとボサノバを楽しむ。こういう遊びも合宿の楽しみの一つ。
この夜は初日打ち上げに少しだけ参加したが、あまり飲まずに早々に引き上げたのに朝まで眠れなかった。

2日目は朝からギターのパー錬、終わった後は午前の自由時間である。この日は伝統の儀式の日であるが、若人たちが風邪気味で禊は僕一人であった。
嘆かわしいことである!しかし、伝統を途切れさせるわけには行かない。
かつてこの安房の海を渡る倭建命のために荒海に身をささげた弟橘比売命の故事を思い、37歳の体に鞭打って褌を締め、宮城を遥拝したあと、冷たい海に全力疾走した・・・

2日目午後・夜はヴァージナルと展覧会を中心に合奏。
ヴァージナルはみな弾けてきて、音に厚みが加わった。微妙なニュアンスもつき出して合宿前からすれば大きな躍進である。

展覧会も、厚みが加わり、後回しにしていた弾けなかった部分を重点的にやる。
この合宿ではあまり叩かずに、振って練習する。

合奏はとにかく呼吸である。管楽器も弓奏楽器も打楽器も少なくとも上半身を使うので自然に呼吸が身につくが、マンドリンは指先だけで弾き出してしまう傾向のある楽器だ。

とにかく呼吸を合わせることを繰り返し徹底させるとオーケストラがまとまってきた。
特に最難関のグノームスは呼吸が命。古城は音質をそろえるのが難しい。音取り苦手な人にはつらいリモージュはところどころ落ちながらも全員で何とか最後まで皮一枚つながる感じ。
すばらしいのはやはりキエフ。最後にこれがあると思うとどんなに難しくとも報われる。

とにかく合宿前からは大飛躍である!
願わくはこのテンションのまま6月まで突っ走れますように・・・
練習後は有志でアルフィーを歌う会。懐かしい。
その夜は打ち上げは恒例のコールとたくさんの新人さんの自己紹介を肴に銘酒を飲む。北海道からはるばる参加の林さん(バッカス前指揮者)とも久しぶりに談義に花を咲かせた。

3日目はこの合宿のまとめ。数年前は3日目の合奏は、2日酔いの人が多くヘロへロだったのだが、最近はそういうことが無く、むしろ一番いい。

こうして、音楽、酒、歌に明け暮れた合宿が終わったのである。
毎回思うが、こういうことができることは幸せである。合宿が終わり連休最終日の雨の一日、一抹の寂しさを覚えつつそう思った。